国政を担う政治家にとって、「メンツ」、すなわち面子というものは極めて扱いの難しい概念である。漢字で書けば単純だが、その意味するところは複雑で、政治家個人が抱える心情と国家の立場とが、しばしば矛盾しながら絡み合う。
政治家としては、他国の政治指導者が発した言葉を、あえて無視したい、あるいは黙殺したいと感じる状況がある。しかし、その発言が国家の安全保障にかかわる重大なキーワードを含んでしまうと、もはや政治家個人の判断だけで「無視する」ことは許されない。国際政治の舞台では、自国の利益に反する主張を他国が公然と述べた場合、沈黙は暗黙の承認と受け取られかねない。それは国際社会における立場を固定し、将来の交渉の余地を狭めてしまう。
とりわけ隣国の指導者が、自国の領土問題に軍事力を伴う介入を示唆するような発言をすれば、対応はさらに難しくなる。もし政治家が強い姿勢を示さなければ、「人間としての格」、政治家として当然に求められる威信が疑われる。これこそまさに面子の危機であり、その失墜は政治生命に直結する。
そのため、たとえ本来はまだ全力を投入すべき段階にない政策であっても、政治家は急遽として強い態度や準備を表明しなければならなくなることがある。それは政治的なアピールであれ、国内外への牽制であれ、国家の面子を守るために避けて通れない行為なのだ。
世の中には、正論であっても「今はまだ言うべきではない」言葉がある。国家として腹は決まっていたとしても、それを政治のトップが公式に明言するタイミングには慎重さが求められる。本来ならばもう少し先に語られるべきであった言葉が、面子という見えざる圧力によって前倒しで発せられてしまう——。政治の世界とは、そのような微妙な均衡の上に成り立っている。