本論文は、人工知能(Artificial Intelligence, AI)の理論的起源から現代の大規模言語モデル(LLM)、さらに将来的な汎用人工知能(Artificial General Intelligence, AGI)に至るまでを、技術・思想・経済・社会制度の観点から統合的に分析することを目的とする。
従来のAI研究は、アルゴリズム、計算資源、データの進化を個別に論じる傾向が強かったが、本研究では**「AIとは何か」「なぜ今、社会変革を引き起こしているのか」**を、歴史的連続性と構造変化の両面から明らかにする。
特に、Transformer以降の生成AIがもたらした「知的労働の汎用化」、およびAI安全性(Alignment)・ガバナンスの問題を重点的に論じる。最終的に、AIを単なる技術ではなく、人類史的転換点における制度・経済・認知の再編装置として位置付ける理論枠組みを提示する。
人工知能は、長らく研究室の中の概念であった。しかし2020年代に入り、生成AI、とりわけ大規模言語モデル(LLM)の実用化により、AIは社会インフラの一部として急速に普及している。
この現象は、単なる技術進歩では説明できない。
本研究の中心的問いは以下である。
なぜAIは何度も「ブームと冬の時代」を繰り返してきたのか
なぜ現在のAIは、過去と質的に異なるインパクトを持つのか
AGIは技術的に・社会的に成立しうるのか
本論文は、これらの問いに対し、断片的ではなく統合的な理論構築を試みる。
AI研究の根源には、「人間の知能は形式化可能か」という哲学的問題が存在する。
アリストテレスの三段論法、デカルトの合理主義、ライプニッツの計算論的思考は、いずれも「思考=操作可能な対象」という前提を含んでいた。
20世紀に入り、アラン・チューリングは「計算可能性理論」を通じて、知能を抽象機械として定義した。この時点で、知能は神秘的存在から、工学的対象へと変質した。
チューリングテストは、「内的意識」ではなく「外的振る舞い」によって知能を定義する。
この機能主義的立場は、現代AI研究の暗黙の前提であり、LLM評価の基盤でもある。
重要なのは、**AIは“考えているか”ではなく“考えているように振る舞えるか”**が問われている点である。
1950〜70年代のAIは、論理・ルール・記号操作を中心とする「トップダウン型知能」であった。
これは人間の「説明可能な思考」を忠実に模倣しようとしたが、現実世界の曖昧性・例外性に対応できなかった。
1980年代後半から、AIはルール記述からデータ駆動型学習へと転換する。
ここでの本質的変化は、「知識の記述主体」が人間からデータへ移った点である。
ディープラーニングは、特徴量設計を人間から奪い、モデル自身に委ねた。
この「表現学習」の思想は、知能の獲得過程をブラックボックス化する一方で、性能を飛躍的に向上させた。
Transformerは、再帰構造を排し、注意機構(Attention)によって文脈依存性を並列処理可能にした。
この設計は、スケール則(Scaling Laws)と極めて相性が良い。
LLMは次トークン予測モデルであるが、その内部には、
世界の統計的構造
因果の近似
社会的文脈
が埋め込まれる。
これは、言語が人類の世界理解を圧縮した媒体であるためである。
モデル規模が閾値を超えると、推論・計画・抽象化といった能力が突如出現する。
これは未解決の理論課題であり、AGI議論の核心に位置する。
AGIには統一的定義が存在しないが、本研究では以下を採用する。
多様な環境・課題において、人間と同等以上の適応的知的行動を示す人工システム
AGI実現には以下が必要とされる。
マルチモーダル統合
長期記憶と自己モデル
目的生成・価値関数の内在化
現行LLMは、その前段階に到達しつつあると評価できる。
AIの目的関数が人類の価値と乖離する問題は、単なる倫理ではなく制御工学の課題である。
人間のフィードバックによる調整は有効だがスケールしない。
Anthropicが提唱するConstitutional AIは、規範を明示的にモデルへ埋め込む試みである。
国家・企業・研究機関の利害が衝突する中、単一主体による制御は不可能である。
そのため、多層的・国際的枠組みが必要となる。
生成AIは、ブルーカラーではなくホワイトカラーを先に代替する。
これは産業革命と逆の順序である。
歴史的に、技術は雇用を「破壊」ではなく「再構成」してきた。
問題は速度と再教育である。
AIは「道具」でも「主体」でもなく、
人類の認知を外在化した存在である。
それは、
記憶の外部化(文字)
計算の外部化(コンピュータ)
に続く、知能そのものの外部化である。
本研究は、AIを単一技術としてではなく、人類史的転換装置として捉える理論的枠組みを提示した。
AGIの実現は不可避ではないが、方向性としては既に始まっている。
重要なのは、「作れるか」ではなく、
**「どのような社会構造の中で使われるか」**である。
AIの未来は、技術者ではなく、社会全体の選択によって決定される。
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