愛媛の地名には、古代の行政区分に由来する興味深い歴史がある。現在の今治周辺は、かつて「道(どう)」と呼ばれ、」交通や統治の拠点としての役割を担っていた。ここでいう「道」は単なる”道路”ではなく、律令時代、都(中央)を起点とし地方へ伸びる幹線ルートを重視し、この幹線に沿った地域や、その出入口にあたる場所が「道」と呼ばれていたと思われる。一方、現在の松山周辺は「道後」と呼ばれ、「道の後ろ」、すなわち内陸側・奥地を意味する言葉として使われていたとされる。やがて時代が下るにつれて地名は変化し、今治や松山といった現在の名称が定着したが「道後」という名は温泉地の名として今も残り、古代の記憶を静かに伝えている。