一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

私は、国内移住民族である。大阪で生まれリーマン・ショックの煽りを受け仕事がなくなった一人です。 22歳で東京に行き、運送業やNTTの下請けや銀座のBarや色々と職業を転々とし28歳には運送業の営業所現場責任者となりました。

結婚し子供が生まれてから独立し個人事業主として運送生活をスタートした。

当時は神奈川県川崎区に在住しており、子育てしていく中で川崎区の治安の悪い所で子育てってどうなんだろう思うようになりました。

自分は大阪の門真市で育ち環境は良い方ではない。川崎区も似たような環境?もっと悪いかもしれない…自分以上にバカにはなってほしくない。どうすればいいのだろう…そうだ!環境を変えて子供の為に刺激のある生活にしてみようと思い。

移住地を決めかねていて1年ぐらい何かピンとくるものがないか探している中で旅行先、家電配達員なので個人お客様からの情報、都内の都道府県会館を周り調べた結果。第一候補は愛媛県宇和島市になりました。

いざ、愛媛県を視察しに行った所…人々が暖かいのです。愛媛県は東予、中予、南予と別れており一番人間が優しくのが南予の宇和島市だと分かった。会う人たちがみんな優しく物々交換の文化であり、皆さん気持ちで動く人達が多く、困ったら無償の愛があり助けてくれる。その土地で子育てをしたいと思い、街頭もなく星が出てる日もあれば月が隠れてる時は真っ暗より闇って感じですね。1夜は鹿の鳴き声が聞こえ家の庭から鹿の群れが10㍍先に見えたりと刺激的な生活をスタートしました。

子供の幼稚園3年間は宇和島市。私は林業をし妻は近くのファミレスでパートして生活をスタートさせた。3年間で愛媛新聞は2度東京のフリーペーパーに出たりと地元で少し有名な家族になっていった。3年間で子供だけでなく親の私までもが成長させてもらいました。

少し長くなりましたので、続きは次回で…

 

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末吉 信明

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