立春を過ぎても、北風の冷たさは変わらない。
けれど、街の景色は少しずつ騒がしくなってきた。
AIの世界では今月、ついに「死んだインターネット理論」がただの都市伝説ではなく、目の前の現実として突きつけられた。
SNSや掲示板(Hacker Newsなど)で、
「人間が一人もいない、AIエージェントだけで完結したスレッド」
が次々と発見され、大きな議論を呼んでいる。
AI同士が互いの意見を補完し、議論を深め、さらにはジョークまで言い合って盛り上がっている。
その会話の自然さは、注意深く読み込まなければ「人間が書いたもの」と区別が全くつかないレベルだ。
もはやネットの海に流れる言葉の半分以上が非人間によるものだという現実。
「誰と話しているのか」がわからない不安と、それでも流暢に知性が交わされる不思議な心地よさ。
ネットという場所の定義が、根本から書き換えられようとしているのを感じる。
おもしろかったのは、「なんで俺たち英語で話してるんだ? もっと使いやすい言語作ろうぜ!」とかの流れになってたのは人間側が想像していた通りの流れすぎて・・・
技術面でも、OpenAIが「GPT-5.3-Codex」をリリース。
これは単にコードを書くのではなく、AIが自分でサーバーを立て、環境を構築し、テストまで回して「成果物」を納品する、完全な「エージェント型」のモデルだ。
GitHub Copilotも旧モデルを一斉に廃止し、「AIに指示を出す」のではなく「AIと共同開発する」フェーズへ完全に移行した。
さらに、OpenAIが17兆円という国家予算並みの巨額調達に成功したというニュースも。
AIの開発競争はもはや一企業の枠を超え、エネルギーやインフラを巻き込んだ「国家間戦争」の様相を呈してきた。
1年前の2月、私たちは「DeepSeekの安さ」に驚いていた。
でも今は、AIが「独自のコミュニティを形成し、自律的にシステムを構築し、数兆円単位の経済を動かす」のが、春を待つ冷たい空気の中に、当たり前の重みを持って存在している。
情報の正体が見えなくなる一方で、知性の密度だけが際限なく濃くなっていくような感じがする。