独身族という言葉を久しく聞いていないが、死語といえるのかもしれない。
令和の時代にあって、独身で一生を終えるプランを持っている人も少なくないという。
独身のメリットはさまざまあり気楽さにはじまり気ままに自由ならライフスタイルはなるほど快適であろう。
一昔前は、自炊や選択身の回りのことをするとなると特に男のさがとしては億劫であったであろう。
しかし現在はといえばコンビニをはじめ男性の一人暮らしはとにかく容易になった。
伴侶を迎える要素は必然的になくなるのも無理はないか。
女性においても男女雇用均等法により所得格差がなくなりつつある中において同様に一人でも
さして問題はないというのが実体であろう。
先進国特有の合理性と利便性を体現した社会と言えるだろう。
一方、本質的な豊かさという意味においてはどうだろうか。
家族、家庭といった人ならではの既存の在り方はもはや不要なのだろうか。
個人の自由という大前提においての提言にはなるが結果家庭は持った方が
本質的な豊かさの意味を知る機会は増えるであろうということである。
結婚して子供をもうけてうまくいくかどうかの問題ではない。
経験でしか得られない見識が間違いなく存在するからである。
個人と社会全体とでは意味合いが違うのはいうまでもない。
目指すべき道と実際にしているかどうかは別である。
独身の道を早い段階で決めることの浅はかさを指摘しているわけである。
歪んだ幸福論はやがて自滅破滅を呼ぶ。
今一度自身においても戒めとして心しておきたいものである。