昨年、世界で最も注目されていたスタートアップ企業の1つ、暗号資産取引所FTXが経営破綻しました。このFTXの経営破綻を受けて、暗号資産市場は大暴落しました。
ビットコインは一時1万5,547ドルと、2021年の高値6万8,900ドルから77%も暴落してしまっています。この大暴落を受けて市場参加者の中には、「暗号資産は長い冬の時代を迎えた」と指摘する人もいれば、「マウントゴックスの破綻が、振り返ってみれば絶好の買い場だったように、FTXの破綻も長い目で見れば、絶好の買い場になる」と楽観的な見方をしている人もいます。今回は、このFTXの経営破綻について考えながら、今後の暗号資産投資について予想してみたいと思います。
経営破綻した暗号資産取引所大手FTXは、2019年に設立されたばかりの比較的若い会社であり、本社を租税回避地、つまりタックスヘイブンである中南米のバハマに構えています。創業者でCEOのサム・バンクマン・フリード氏はまだ30歳。MITを卒業した華麗な経歴を持つ方です。暗号資産業界では、名前の頭文字をとって「SBF」の愛称で呼ばれています。
FTXはメジャーリーガーの大谷翔平選手やテニスの大阪なおみ選手と長期的なパートナーシップ締結。両選手とも報酬を株式や暗号資産で受け取ると発表し、大きな注目を集めました。このような取り組みの結果、FTXは知名度を上げることに成功し、口座数は数百万に上るとみられています。
FTXがとりわけ人気を集めていたのは、「FTX Earn」と呼ばれるステーキングサービスでした。ステーキングサービスというのは、利息や配当金のように、暗号資産を預けた期間や数量に応じて報酬を受け取れるサービスのことです。通常利回りは年3%〜4%程度が多いようですが、FTXは年5%〜8%と高利回りに設定されていたことから、個人投資家が高い利回りに惹かれて、積極的に預け入れをしていました。
その結果、暗号資産取引所世界最大手のバイナンスや米取引所最大手コインベースと取引高で競う存在になり、創業してからわずか3年で、時価総額が320億ドルにも上る企業にまで成長しました。
このように急成長する上で重要な役割を果たし、今回の事件の大きな要因となったのが、バンクマン・フリード氏が個人所有する投資会社アラメダ・リサーチでした。アラメダ・リサーチ社は、いわゆるマーケットメーカーでした。マーケットメーカーというのは、投資家の買いに対して売り向かい、反対に投資家の売りに対して買い向かうことで、市場に流動性を提供し、投資家の取引を円滑にする市場参加者のことです。
またこのアラメダ・リサーチ社はFTXとともに、経営不信に陥った暗号資産関連企業を100社以上も、融資などを通じて支援してきました。このため、バンクマン・フリード氏は「白馬の騎士」とも呼ばれ、一部の投資家たちからは崇拝されてきました。
ところで、何故このようにアラメダ・リサーチ社が100社以上も救済するだけの潤沢なキャッシュがあったのか。それがFTTの存在であります。FTTというのは、FTXがICO(暗号資産を使った資金調達)で発酵したトークンのことです。アラメダ・リサーチ社はFTTを担保にして、FTXから100億ドルもの融資を引き出していたのです。FTXとアラメダ・リサーチ社は、FTTというトークンによって急成長したわけですが、暗号資産の弱気相場入りに伴い当然のごとくFTTも急落しており、FTTの急落により担保価値が下がって資金繰りが苦しくなってしまいました。つまり過剰にレベレッジをかけることで、逆回転してしまったのです。
そうした中で、暗号資産取引所世界最大手バイナンスのCEOチャンポン・ジャオ氏が、Twitterで「アラメダ社のバランスシートにあるFTTの価値は見た目よりも低いかもしれない」として、「保有するFTTを全て売却する」とつぶやいたことでFTTが急落してしまったんです。当然、ジャオ氏はFTXとアラメダ・リサーチ社の資金繰りが苦しいということは把握していたと考えられますし、自身の発言でFTTが急落することも分かっていましたでしょうから、ジャオ氏は意図してFTXとアラメダ・リサーチ社を破綻に追い込んだと考えられるわけです。
その結果、バンクマン・フリード氏は白旗を上げてバイナンスのジャオ氏に救済を求めたんですが、一度は米国以外の事業の買収で合意したものの、その後ジャオ氏が「当初はユーザーを救おうと考えていたが、その後ユーザー資金の不正流用のニュースや、特に米国規制当局の調査によりもう手を出せないということになった」として買収を撤回したことで、FTXの破綻が決定的となりました。
結局FTXは11日に日本の民事再生法に相当する連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請したんですが、この日の前後にFTXがハッキングによる被害を受けて状況がさらに悪化してしまいました。このハッキングによる不正な資産の引き出しによって約5億〜7億ドル相当の暗号資産が無断で持ち出された可能性があると言われているんですが、これは単なるハッキングではなくて、FTXの内部関係者が関与しているのでは、と指摘する声も多いのです。
またバンクマン・フリード氏はTwitterで謝罪の意を表明しつつも、本人はバハマにいて当局によって拘束されているほか、引き渡し条約を結んでいないドバイに逃げる方法を模索しているとの報道もあります。こうしてFTXはあっという間に市場から淘汰され、投資家の資金はほとんど戻ってこない可能性が高いと言われています。ご自身の資産4億円をFTXに集中投資し、一瞬にして全ての財産を失った日本人投資家の方がメディアでも取り上げられていますが、本当に恐ろしい状況になっています。
しかし、今回の件では暗号資産市場をめぐる危機が完全に去った訳ではありません。バイナンスCEOのジャオ氏は「多くの連鎖的な影響をみることになるだろう」として、破綻のドミノが起こりうると警鐘を鳴らしており、市場ではFTXの破綻が「暗号資産業界のリーマン危機」に発展する可能性があると指摘されています。何故かというと、FTXは90億ドルもの負債を抱える一方で、すぐに売却可能な流動資産はわずか9億ドルしかないため、もしもその他多くの暗号資産関連企業もFTXと同じような財務状況であれば、ジャオ氏が指摘するように破綻のドミノが起こる可能性があるのです。
そのため、個人投資家の中には「マウントゴックスの破綻が、振り返ってみれば絶好の買い場だったように、FTXの破綻も長い目でみれば、絶好の買い場になる」と楽観的な見方をしている人もおり、確かにそのような予想の通り、今後暗号資産が値上がりしていく可能性も大いにありますが、破綻のドミノが起こればビットコイン等の暗号資産はさらに急落する可能性があります。つまり暗号資産については今後何が起こるかは誰にも分からない状況であり、これまで以上に不確実性が高まっている状況なのです。私は今回の件は、暗号資産自体の欠陥が露呈した訳ではないため、暗号資産の価値が毀損している訳ではないと思いますが、いずれにせよ投資家は未来を決めつけたりせずに、リスク許容度の範囲内で投資を続けるべきだと思います。
ボラティリティの高い暗号資産に対しては、ご自身のポートフォリオの5%〜10%程度までを上限とするべきだと思います。例えば、ポートフォリオの50%を暗号資産にしてしまった場合、暗号資産が80%値下がりすれば、あなたの資産は40%も目減りしてしまい、パニックになってしまうと思いますが、その一方で暗号資産への投資を5%までに抑えておけば、80%値下がりしてもあなたの資産は4%目減りするだけです。長期投資は常にリスクとリターンのバランスを考えながら、粛々と進めるべきだと思います。