アメリカの中堅銀行の破綻に端を発した金融不安が、欧州に飛び火しました。スイス金融大手のクレディ・スイスの株価が、 3月15日には、一時30%も下落したのです。現在もクレディ・スイスへの救済措置をめぐって様々な協議が進められています。
ただ「信用不安が飛び火」と言っても、アメリカの相次ぐ銀行破綻とクレディ・スイスをめぐる不安は、全く性質が異なります。何より、規模と影響のレベルが違います。アメリカで破綻したシリコンバレー銀行やシグネチャー銀行の2行は、全米16位と29位の中堅銀行ですが、クレディ・スイスは、資産規模が100兆円規模の巨大銀行で、国際的な金融規制において、「システム上、重要な国際的金融機関」と位置付けられている銀行です。創業166年の老舗で、富裕層ビジネスに強みを持ち、安全の象徴でもある「スイスの銀行」とも呼ばれてきました。
また見舞われている危機の性質も異なります。アメリカの破綻銀行が、金利の急速な引き上げの直接的な影響によって、特定顧客層の預金流出や運用債券の損失を招き、「突然死」に至ったのに対して、クレディ・スイスは、長年の経営失敗に対する市場や顧客の不信感がもはや臨界点に達してしまったのです。
クレディ・スイスは長年にわたって、金融不安の「常連」のような存在でした。リスク管理や情報開示などで、ガバナンスやコンプライアンスの欠如を示すような不祥事が相次ぎ発覚し、2021年はアメリカの投資会社アルケゴスとの取引で6300億円という大きな損失を出しました。この損失額は他の金融機関と比較しても圧倒的に大きな損失額です。また昨年12月期には1兆円もの最終損失を計上するといった不振ぶりです。ウオールストリートジャーナル紙によれば、昨年1年間で、日本円にして22兆円もの預金が流出したとのことです。
こうした中、 クレディ・スイスは3月14日に、過去2年の財務報告の内部管理に「重大な弱点があった」と発表しました。さらに翌15日には、昨年増資に応じ、現在筆頭株主であるサウジアラビア・ナショナル・バンクが、「これ以上の追加出資を行わない」と明らかにしました。これによって、今回の株価急落が引き起こされることとなりました。
直前のこの2つの出来事を見るだけでも、クレディ・スイスという金融グループの「闇」が垣間見えます。さらに「財務報告における重大な弱点」とは一体、何なのか、今後その重大な弱点をどうするのかは、クレディ・スイスは全く明らかにしていないのです。そもそも公式には頼まれてもいないのに、サウジアラビアの銀行が「追加出資には応じない」と表明するのも、違和感を覚えます。株主や預金者の知らないところで、追加の増資が必要な事態にまで、資本が毀損しているのではないかと勘繰られても仕方がないでしょう。
そうなると、もはや市場も預金者も、クレディ・スイスが発表している公式の「健全な数字」を、信頼できなくなってしまいます。これは非常に大きな問題であり、長年のクレディ・スイスの「闇」への不信感が頂点に達しつつあると言っていいでしょう。
こうした深刻な事態を受けて、スイス中央銀行はクレディ・スイスに対し、日本円で7兆1000億円もの流動性供給を行うことを決めました。これを受けて、ひとまず、市場の不安心理は落ち着きを取り戻した格好です。しかし、これで問題が解決したと考える人は誰もいません。市場や預金者の不信はクレディ・スイスという金融グループの健全性に向けられており、必要なのは資本の強化です。しかし、現状で増資の引受先を見つけるのは至難の業です。それはサウジアラビア・ナショナル・バンクが、「これ以上の追加出資を行わない」と表明したことからも明らかです。クレディ・スイスの大口預金者は、中東のオイルマネーを筆頭に、北米やアジアの富裕層です。こうした大口顧客が本気で預金を引き出して他の金融機関に預け替えを始めたら、7兆円の資金供給だけで足りるのでしょうか。金融機関の破綻劇では、よく「大きすぎて潰せない」と言われます。それは、1つの真実です。クレディ・スイスが倒れれば、甚大な被害と影響が出ます。スイス当局も、市場も誰もそんなことは望んでいません。しかし、逆の立場から考えると「大きすぎて救えない」というのも、1つの真実かもしれません。
つまりはスイスという小国が、世界中から富を集め、巨額の預かり資産を持つ「スイスの銀行」を金融危機時に支え切ることができるのか、という問題でもあります。しかも、スイスは、ユーロを使用するヨーロッパ共通通貨システムに参加していないどころか、EUにすら加盟していません。何かあった際に、欧州中央銀行(ECB)が直接支援する枠組みすらないのです。スイス当局は今回の7兆円の流動性供給のように、当面、市場の緊張を懐柔しながら、クレディ・スイスの事業規模縮小や同業他社との統合などを通じて、何とか軟着陸を図りたいと考えていることでしょう。それが望ましいシナリオであることは言うまでもありません。
現在、UBSはクレディ・スイス買収に向けて協議を進めています。UBSは、訴訟や事業縮小関連費用として約60億ドルを保証するよう政府に要請しているとのことです。ただ2社が統合した場合には1万人の人員削減も必要となる可能性があるなど、協議は大きな障害に直面しているとのことです。間も無くその協議の行方は決定しますが、これだけの大型案件がすんなり決まることはないように思います。買い手であるUBSの方が相当強気に出れる局面でもあるため、簡単には買収はしないでしょう。クレディ・スイスにとっては時間との勝負である中で、妥協に次ぐ妥協を重ねる可能性もあります。
私たち一般投資家が取るべき行動は、まずは楽観論を排除することだと思います。キャッシュポジションを高めつつ、万が一の暴落局面の際にはそろりそろりと買い進めていくことをお勧めします。