【第一次政権の最後の大仕事】③
さらにその足で、安倍総理は東京裁判で,唯一、日本側被告の全員無罪の判決を下した、パール判事の遺族のもとを訪れる。田中正明氏が述べていたように、安倍総理はパール判事の歴史観を正確に理解していたのだ。
だがこの時、安倍総理の体調は限界を迎えていた。インドで腸炎に罹ってしまい、潰瘍性大腸炎はさらに悪化していたのだ。同行していた昭恵夫人は、泣きながら「お願いです。もうやめてください」と懇願したという。
昭恵夫人は、晋三氏の父、安倍晋太郎外務大臣が、末期癌を患いながら、命を削ってゴルバチョフ大統領と最後の会見し、翌月亡くなったあの一連の場面を目の当たりにしている。同じことになってしまうのではと、頭をよぎったであろうことは、想像に難くない。