一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • 政府はなぜ減税をしないのか?

日本経済が長年にわたって低成長・デフレといった課題に直面する中で、「減税」は多くの国民にとって魅力的な政策に映る。家計の負担を軽減し、企業の投資意欲を高め、景気を刺激するという理屈は、一見すると非常に合理的である。しかし現実には、政府が大規模な減税に踏み切ることは稀であり、むしろ消費税の増税などが議論される場面も少なくない。なぜ政府は減税に慎重なのか。本稿では、その背景にある複数の要因を整理しながら考察する。

1. 財政赤字と国家債務の現実

日本は先進国の中でも群を抜いて高い政府債務残高を抱えている。2024年時点で、国の債務残高はGDPの約260%に達しており、これは先進国の中で最も高い水準である。政府の財政収支は長年赤字が続いており、特に社会保障費や地方交付税、国債の利払いといった「義務的経費」が歳出の大部分を占めている。

このような状況下で減税を行えば、歳入がさらに減少し、財政赤字が拡大するリスクが高まる。将来的に国債の信用低下や金利上昇を引き起こす可能性もあり、政府としては財政健全化の責任から減税には慎重にならざるを得ない。

2. 減税による効果の不確実性

減税が必ずしも期待通りの経済効果をもたらすとは限らない。たとえば、所得税や法人税を引き下げたとしても、家計や企業がその分を「消費」や「投資」に回すとは限らない。特に将来に対する不安が強い日本では、減税によって可処分所得が増えても、消費に回る割合は限定的になりがちである。高齢化が進む中で、国民の多くは増えた所得を貯蓄に回す傾向が強い。

一方、法人税減税についても、企業が利益を内部留保に回す傾向が強いため、設備投資や人件費の増加にはつながりにくいという批判もある。つまり、減税による景気刺激策は、理論上は有効であっても、実際の行動経済においてはその効果が限定的になりうる。

3. 社会保障費の増加と増税圧力

日本は急速に高齢化が進んでおり、医療・介護・年金といった社会保障費は年々増加している。2025年には団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」もあり、今後も社会保障支出の増加は避けられない。

これに対応するためには、むしろ税収を安定的に確保することが求められる。そのため、政府は「減税」よりも「持続可能な財源確保」、すなわち増税や税制改革の方向にかじを切りやすい。消費税は特に安定した税収を見込めるため、政府としてはこの税を中心に財政の再構築を進める傾向がある。

4. 政治的判断と利害関係

減税は、短期的には国民に歓迎される政策ではあるが、実行するには政治的なコストも大きい。特定の業界や所得層への優遇と見なされれば、他の層からの反発を招く。また、減税と同時に歳出の削減が必要となるため、医療・教育・福祉などに対する支出が圧迫される可能性がある。こうした分野は有権者の関心が高く、削減は選挙でのリスクにつながる。

また、官僚組織や既得権益層も税収の減少に敏感であり、減税に対しては消極的な立場を取ることが多い。結果として、減税を実施するには強い政治的リーダーシップと、広範な調整が必要となる。

5. 景気回復基調との見方

政府は近年、「日本経済は緩やかに回復している」との見解を示しており、減税などの大規模な景気刺激策が不要とする立場を取る場合もある。たとえば、雇用情勢や企業収益の改善が一定程度見られる中では、「経済は正常化の過程にある」として、財政出動ではなく構造改革に重きを置く方針が採られることもある。

こうした中で減税を実施することは、景気過熱やインフレリスクを高めると判断されることもある。特に近年の物価上昇傾向に対して、政府・日銀ともに慎重な姿勢を強めており、減税による追加需要の創出には警戒感も根強い。

結論:減税の難しさは「構造」にある

結局のところ、政府が減税に踏み切れない最大の要因は、単なる「意志の問題」ではなく、日本の財政・社会保障・経済構造が複雑に絡み合っているためである。減税をすれば税収が減り、税収を減らせば財政赤字が増え、財政赤字が増えれば将来の負担が増す――このジレンマから抜け出すには、単に税率を下げるだけでは不十分であり、支出構造や経済体質そのものの見直しが求められる。

それでもなお、国民の暮らしを支える政策として、的確なターゲティングを伴う一時的・限定的な減税策(たとえば低所得層向けの給付付き税額控除など)は、選択肢として検討に値する。減税がなされない背景を理解しつつも、国民の視点から「よりよい税制」とは何かを考える姿勢が求められている。

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