一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

経営層が持つべき「AI時代の問い」と判断軸

── AI導入はIT案件ではなく、“経営案件”である。

AIの登場は、もはや一部の技術トピックではなく、社会構造そのものを変えつつあります。
スマートフォンが登場したとき、私たちは「便利なツール」として受け入れましたが、気づけば生活・消費・働き方のすべてを変えていました。AIもまったく同じ道を辿っています。ただし、その速度と影響範囲は、比になりません。

いま企業が直面しているのは、「AIを導入するか否か」ではなく、「AIをどう使って、自社の価値を再定義するか」という問いです。AI導入を業務効率化と捉える企業は多いですが、本質はそこにはありません。AIとは、組織の構造と判断の在り方を変える経営課題です。現場任せにはできず、経営者自らが理解し、決断し、旗を振る領域なのです。


「AIに何をさせるか」より、「AIで何をしないか」

AIが発達すればするほど、人間の仕事は減る──。そんな不安を口にする経営者は少なくありません。しかし実際には、AIが人の仕事を奪うのではなく、人に問いを立てる力を取り戻させているのだと思います。
AIは情報の整理や提案までは得意ですが、最終的な「判断」や「選択」には関与できません。なぜなら、そこには企業の哲学や価値観、つまりパーパスが関わるからです。

AIを経営に導入するうえで最初に問うべきは、「なぜAIを使うのか?」です。
効率を上げるためか、判断を支援するためか、あるいは新しい価値を生み出すためか。
このWhyを定義できるのは、経営者だけです。AIは経営の哲学をコード化する翻訳機でもあります。だからこそ、「AIに何をさせるか」ではなく、「AIで何をしないか」を明確にすることが、経営判断の第一歩なのです。


「ステルスAI」という現実

いま、現場ではステルスAIという現象が静かに進行しています。
社員が上司に報告せず、議事録や提案書の作成にChatGPTを活用している。
学生がレポートを書く際にAIを使うが、先生には伝えない。
こうした「隠れAI活用」は、すでに多くの組織で日常化しています。

AI禁止を掲げる企業ほど、実は社員がこっそり使っている。
なぜなら、現場は「AIを使わないと間に合わない」ほどの業務量とスピードを求められているからです。
これはズルではなく、時代の移行期における自己防衛とも言えます。

問題は、AIの活用そのものではなく、「使ってもいい」と言える組織文化の欠如です。
経営層がAIを理解せず、評価基準や倫理観を示せないままでは、現場は不安を抱えたままステルス化していきます。
禁止ではなく、透明化と対話へ。AIを前提としたルールや価値観づくりこそが、経営に求められています。


管理職に求められる「恐れず試す文化」

AIが浸透しない最大の理由は、技術の難しさではなく、心理的な拒否反応です。
「自分の仕事が奪われる」「AIを使うなんてズルだ」といった思い込みが、組織の変化を止めています。
だからこそ、管理職こそがAIを試し、その活用をオープンにすることが重要です。

AIを使って業務を減らすことが目的ではありません。
AIが生み出した時間を「問い」と「対話」に充て、人間にしかできない思考の質を高める。
それこそが、AI時代のマネジメントの本質です。
今後、AIが1人のメンバーとしてチームに存在する時代が来ます。
マネージャーの役割は、人とAIの分担を設計し、AIのマネージャーになることです。


AI導入のリアルと、変わる組織の意味

私自身、かつて面白法人カヤックというクリエイター中心の組織に在籍していました。
AIを本格導入すれば、単純計算で3分の1の人員で同じ成果が出せる──そんな現実が見えていました。
けれど、カヤックが大切にしていたのは「何をするかより、誰とするか」。
効率ではなく、人と人との関係性が価値になっていたのです。
そのバランスをどう保つか。これこそAI時代の組織経営における最大のジレンマです。

大きな組織ほど変革には時間と痛みが伴います。
それでも動かなければ、外からゲームチェンジを起こされるリスクすらある。
だから私は、独立し、一人でAIを活用して10社以上のプロジェクトを回す働き方に舵を切りました。
AIが効率化の道具ではなく、個を拡張するパートナーになり得ることを実感しています。


経営に残る“人の仕事”とは何か

AIが資料を作り、提案をまとめ、仮説を提示する。
それでも最後に問われるのは、「この選択は自社の価値観に合っているか?」という問いです。
その答えを出せるのは、AIではなく人間です。

だからこそ経営層が持つべきは、AIに正しい問いを投げかける力
そして、AIが導き出した情報を、自社の文脈にどう翻訳するかという判断軸です。
AIは経営の敵ではなく、企業の「思考の鏡」なのです。

AI導入とは、技術の問題ではなく、自社の哲学を見つめ直す行為に他なりません。
それを決めるのは、現場ではなく経営です。
だからこそ――AI導入はIT案件ではなく、経営案件なのです。

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