2025年の年末は少し早くから休暇を取り、クリスマスのベトナムを訪問しました。クリスマス期のホーチミン市は、通りの密度、店舗の回転、夜間の人流など、都市としての高いエネルギーを示していました。こうした「活気」は感覚的に語られがちですが、学術的には複数のレイヤー(歴史・制度・人口・都市構造)が重なって表面化した現象として捉えると解像度が上がります。
以下では、観察される活気を「結果」と見なし、その原因を順に遡る形で整理します。
ベトナムの転換点として最も参照されるのが、1986年の**ドイモイ(刷新)**です。一般に「市場経済化」と要約されますが、より厳密には、国家の統治枠組みを維持しつつ、配分メカニズムを再設計した改革として理解する方が近いです。すなわち、国家が後退して“自由放任”になったのではなく、国家が別の仕方で市場を制度化し直した、という見方です。世界銀行の整理でも、ドイモイは中央計画の不調への対応として始まったことが示されています。World Bank
この観点を取ると、ホーチミンの活気は「民間が勝手に伸びた」ではなく、国家が市場拡大を可能にする制度環境を整え、都市がそれを吸収する器になった、という因果として読めます。
都市の活気を説明する際、「若者が多い」は印象論に見えますが、人口統計は都市の時間感覚(営業時間、移動頻度、消費の回転)を規定します。ベトナムは人口規模が大きく(2024年で約1.01億人)、成長の厚みを作りやすい条件があります。World Bank Open Data
さらに重要なのは、労働年齢人口の規模です。世界銀行の指標でも、ベトナムの15–64歳人口が長期的に厚く推移してきたことが確認できます。World Bank Open Data
この層が厚い局面では、都市の「生産(働く)」と「再生産(消費・余暇・教育)」の循環が強くなり、結果として街の“止まりにくさ”が生まれます。クリスマスでも勢いが落ちにくいのは、文化イベントの有無というより、都市の基底的な人口構造が作る常時稼働性として説明できます。
都市の活気は、その場の景気というより、資本蓄積の速度の外形です。世界銀行の国別データでは、ベトナムは2024年にGDP成長率7.1%が示されています。World Bank Open Data
もちろん単年の数字で都市を語るのは危険ですが、重要なのは「高成長が例外的な上振れではなく、(変動を伴いつつも)中期的に繰り返し観測されてきた」ことです。世界銀行の成長率系列にもその追跡可能性があります。World Bank Open Data
高成長は、インフラ、商業床、物流、教育、住宅などへ投資が回り、都市空間に“更新”として刻まれます。ホーチミンの高密度な商業集積や新規開発のスピード感は、まさにその更新の痕跡と見なせます。
次に重要なのは、ベトナムを一枚岩として見るのではなく、成長の地理的偏在を正面から扱うことです。ホーチミンは、全国の中でもGRDP規模が大きく、経済エンジンとして扱われます(例えば、2024年の輸出やGRDP規模に関する報道)。VietNamNet News
都市論的に言えば、これは「均質な国土の成長」ではなく、特定都市が集積の利益で自己強化し、周辺を牽引するタイプの発展パターンです。
ここで見えてくるのは、ホーチミンの活気が「ベトナムの国民性」などではなく、集積(人・資本・情報)がもたらす都市固有の現象だということです。集積が強い都市は、夜間経済も含めて可動時間が長くなり、街が“止まりにくい”構造を持ちます。
2024年以降の政治動向として、行政改革・官僚機構のスリム化などが議論されていることも、制度環境の変化として無視できません。直近では、党大会(2026年)に向けた政策の方向性や改革論が報じられています。Reuters+1
これを単なる政治ニュースとしてではなく、政治経済として読むなら、**取引コスト(許認可・調整・不確実性)**に影響する可能性がある、という点が論点になります。
都市の活気は、「人が多い」だけでなく、「意思決定がどれだけ滑らかに回るか」にも強く依存します。政治的改革は、都市の速度を上げも下げもする変数であり、ホーチミンの“回転の速さ”を理解する際の重要な背景になります。
クリスマスのホーチミンで観察できる活気は、単一要因では説明しきれません。むしろ、
ドイモイ以降の制度再設計(市場の制度化)World Bank
厚い労働年齢人口と人口規模(常時稼働性)World Bank Open Data+1
成長率が示す資本蓄積の速度(都市更新)World Bank Open Data+1
ホーチミンへの集積の偏在(都市エンジン化)VietNamNet News
行政改革・政治経済の動き(取引コストの変数)Reuters+1
といった複数の層が合成された結果として現れています。
「活気がある」という感想は、その都市が置かれた構造の“表面張力”のようなもので、観察としては正しい一方、説明としては不足しがちです。説明の深さは、こうした層をどれだけ分解し、再合成できるかに依存します。