一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • 日本の家電メーカー

来月から新年度を迎えますが、同じ仕事を続けていると、一人親方の自分は新鮮さを感じることも少なくなってきました。
しかし、年齢の節目を迎えた今、改めてフレッシュな気持ちで仕事に当たろうかと思い、まず何から始めようかと考えたところ、自分の主な仕事は、家電の修理なので、お世話になっている家電メーカーを改めて調べてみようかと思いました。
日本の主な家電メーカーは、
・パナソニック(旧ナショナル)
・ソニー
・シャープ
・日立製作所
・三菱電機
・東芝
が、あります。
売り上げ別に並べると(2024年3月期)
・ソニー
・日立製作所
・パナソニック
・三菱電機
・シャープ
・東芝
と、なります。
(ソニーが、家電メーカーの括りに入るかというと、些か疑問が残るところですが、、、)
売り上げ1位のソニーの起源ですが、
1945年10月、井深大(まさる)、樋口晃、太刀川正三郎などの仲間とともに、日本橋の白木屋の3階に「東京通信研究所」の看板を掲げた。会社を存続するために始めたことが、ラジオの修理と改造である。研究所で短波放送の聴けるコンバーター(周波数変換器)を開発し、戦争で壊れたラジオ、敵の放送が聴くことが出来ないようにと短波を切られたラジオが世間にはたくさんあったので、需要は結構あった。お客が増えていったきっかけが、井深たちの仕事が朝日新聞のコラム“青鉛筆”で紹介されたことだ。このコラムには余得もあった。朝日新聞に目を通していた盛田昭夫から連絡があったのだ。ここから、井深と盛田の交際が再び始まった(元々この2人は親交があった)
ラジオの修理の次に手掛けたのが、電気炊飯器だ。しかし、試作第1号は見事に失敗に終わってしまった。これは、井深たちにして初めての失敗作となる。
むろんお金の取れる成功作もあった。真空管電圧計が官庁に納入されるようになり、こうして井深たちの仕事が軌道に乗り始めていた。1946年5月7日、総勢20数名の「東京通信工業」の設立となった。設立当時の社長は、井深の義父の前田多門、専務に井深、取締役に盛田が就いた。
設立式の井深の挨拶は、「大きな会社と同じことを、やったのでは、我々はなかなか敵わない。しかし、技術の隙間はいくらでもある。我々は大会社ではできないことをやり、
技術の力でもって祖国復興に役立てよう」
自分たちの頭脳と技術で、人のやらないことをやろう!この時から、既に東京通信工業の進むべき道は決まっていたのだった。
参考文献: https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-01.html

非常に簡単ではありますが、上記がソニーの起源であります。これは、まだまだ序章に過ぎません。
自分が、思ったのは、ソニーが電気炊飯器の開発に臨んだことに驚いたこと、そして大会社を起こした人物というのは、自己的ではなく、利他的な動機から始まっているということです。
先日、仕事でもプライベートでも行き詰まっていた自分は、ワークショップに出ていた「◯◯のおやじ」の占いを受けました。
そのおやじから言われたのが、世のため人のために仕事をしていると言葉に出すように、そういう言葉はポジティブで、運気が上がるよと言われました。
その占いの後に、ソニーの起源を調べたのですが、ソニーの前身を立ち上げた人々は、祖国復興を常に言葉に出しています。まさに、自己ではなく利他なのですね。
自分も、少しでも見習えるように、新年度はポジティブの言葉を出していこうかと思います。

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山田 悟

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