例えば、病気や負傷の場合には、医療保険により負担可能な程度の自己負担で必要な医療を受けることができる。現役引退後の高齢期には、老齢年金や介護保険により安定した生活を送ることができる。雇用・労働政策においては、失業した場合には、雇用保険により失業給付が受給でき、生活の安定が図れるほか、業務上の傷病等を負った場合には子育てや家族の介護が必要な人々が就業を継続することに寄与することで、その生活を保障し安心をもたらしている。
それでは、社会保障の実際にどのような機能を果たし、国民の暮らしにどのような効果を及ぼしているのだろうか。社会保障の機能としては、主として、①生活の安定・向上機能、②所得再分配機能、③経済安定機能の3つが挙げられる。なお、これらの機能は相互に重なり合っていることが多い。
社会保障の機能の1つ目としては、生活の安定を図り、安心をもたらす「生活の安定・向上機能」がある。
近年では、社会保障は一般に「国民の生活の安定が損なわれた場合に、国民にすこやかで安心できる生活を保障することを目的として、公的責任で生活を支える給付を行うもの」(社会保障制度審議会1995年)とされている。
具体的には、傷病や失業、労働災害、退職などえで生活が不安定になった時に、健康保険や年金、社会福祉制度など法律に基づく公的な仕組みを活用して、健やかで安心な生活を保障することである。
「このうような生活保障の責任は国家にある。国家はこれに対する綜合的企画をたて、これを政府及び公共団体を通じて民主的能率的に実施しなければならない。他方国民もまたこれに応じ、社会連帯の精神に立って、それぞれの能力に応じてこの制度の維持と運用に必要な社会的義務を果たさなければならない。」
日本の社会保障制度の体系は、これまで述べてきた考え方を基本として発展してきたが、これまでの勧告のような社会保障の捉え方は、ヨーロッパ諸国におけるそれよりも広く、現在の日本の社会保障制度の特徴の一端を垣間見ることができる。
以後、日本の社会保障の目的と機能について説明するとともに、社会保障制度全般の特徴を紹介し、各制度の概略について解説していく。
この憲法第25条を受けて。社会保障の政策のみならず、理論的な研究にまで影響を及ぼす形で社会保障の概念を明示したのが、内閣総理大臣の諮問機関として1949年に設置された社会保障審議会による1950年の「社会保障制度に関する勧告」であった。この勧告では、社会保障を次のように定義している。
「社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようににすることをいうのである。」
日本の社会保障の仕組み
日本の社会保障制度は、第二次世界大戦より形成されてきたが、社会保障の意義について国民的に議論され、政策が本格的に発展されるようになったのは第二次世界大戦後である。
すなわち、1947(昭和22年)年に施行された日本国憲法第25条において、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という、いわゆる「生存権」が規定され、戦後の日本が福祉国家の建設を目指すことを内外に宣言してからである。
社会保障の歴史④
アメリカの社会保障は、公的医療保険制度が存在せず、個人が民間保険会社と契約を結ぶのが一般的であった。しかし、貧困層は保険に加入することができず、結果的に医療サービスを受けられないことが多かった。そこで、2010年にオバマ政権は医療改革をおこない(オバマケア)、貧困層に保険加入の助成金を与えて、国民皆保険となる仕組みを作った。
社会保障の歴史②
1911年には、イギリスで国民保険法が成立し、世界初の失業保険が整備されている。その後、1930年代のアメリカで、F.ルーズベルトのニューディール政策の下で、社会保険と公的扶助を統合した社会保障法(1935)が制定された。今日「社会保障」という言葉を使うときには、公的扶助と社会保険を組み合わせた総合的な政策のことを指す。この言葉が初めて使われたのはアメリカで、本格的に展開されるのは、イギリスである。第二次世界大戦後のイギリスでは、ベバリッジ報告(1942)の「ゆりかごから墓場まで」という根本精神に基づいて、1946年に国民保険法や国民保健サービス法が成立し、無料で医療を提供する医療保険をはじめとして、国民に最低限度の生活を保障する社会保障制度が整備された。