一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • 変容する少女たちと「生きた環境」のデザイン 〜トップクラブアカデミーにおけるエコロジカル・アプローチ実践録〜

【連載コラム 第1回】

伝統への挑戦 〜なぜ今、私たちは「反復練習」を捨てたのか〜

国内最高峰のリーグに所属するクラブのアカデミー。その看板を背負うU-15の女子選手たちが汗を流すグラウンドには、ある種異様な熱気が満ちている。

そこには、整然と並んだコーンを黙々とドリブルで抜ける風景はない。二人一組で対面パスを延々と繰り返す静寂もない。代わりにそこにあるのは、常に形を変え続ける「カオス(混沌)」だ。

歪な形のグリッド、不均等な人数、飛び交う指示と、激しく交錯する身体。

トップチームの背中を追い、将来のプロフェッショナルを目指す彼女たちが取り組んでいるのは、これまでの常識を覆すトレーニング変革――「エコロジカル・ダイナミック・アプローチ(Ecological Dynamics Approach)」の実践である。

「上手い選手」が「勝てる選手」とは限らない

日本の女子サッカー、特に育成年代において、技術レベルの高さは世界でも定評がある。止める、蹴る、運ぶ。ドリル形式の練習で磨かれたその所作は、時に芸術的ですらある。

しかし、私たちはある時期から、拭いきれない違和感を抱き始めていた。

「練習では完璧なテクニックを見せる選手が、試合のプレッシャーの中では消えてしまう」という現象だ。

誰もいないグラウンドでコーンを相手にする時、彼女たちは完璧だ。だが、実際の試合はどうだろう。背後から相手の荒い息遣いが聞こえ、雨でピッチはスリッピーになり、味方はパスコースを塞がれ、疲労で心拍数は上がっている。

そのような「文脈」の中で、切り離された技術練習の成果はどれほど発揮されるだろうか。

私たちは、サッカーというスポーツから文脈を剥ぎ取りすぎていたのではないか。その反省が、すべての出発点だった。

人間はコンピュータではなく「生態系」である

エコロジカル・ダイナミック・アプローチは、選手を「脳が身体に命令を出すコンピュータ」とは捉えない。選手とは、環境(ピッチ、相手、ボール、天候、スコア、時間帯)と絶えず相互作用し続ける「生態系(システム)の一部」であると考える。

特にU-15という年代は、女子選手にとって劇的な変化の季節だ。

身長が数ヶ月で伸び、昨日までイメージ通りに動いていた身体が、今日は別人のように重く感じることもある。ホルモンバランスの変化や、精神的な揺らぎも大きい。

そんな不安定な時期の少女たちに、大人が決めた「理想的なフォーム」や「正解の動き」を反復させることは、時に彼女たちの適応能力を奪い、成長を阻害することになりかねない。

必要なのは、正しいフォームを教え込むことではない。刻々と変化する環境の中で、彼女たち自身が最適な解決策を見つけ出せるような「適応力」を育むことだ。

コーチの役割は「環境の建築家」

このアプローチにおいて、私たち指導者の役割は大きく変わった。

以前のように、プレーを止めて「ここは右に出すべきだ」「身体の向きが悪い」と細かく修正することは激減した。その代わり、私たちはトレーニングの「環境デザイン」に全精力を注ぐ。

例えば、「制約(Constraints)」を用いたゲームを行う。「パスは必ずダイレクトで」というルールを設けたとしよう。

これは単に難易度を上げるための縛りではない。ダイレクトでプレーしなければならないという環境設定が、選手に「ボールが来る前に周囲の状況(味方や敵の位置)を見ておく」ことを強制するのだ。

コーチが「周りを観ろ!」と100回叫ぶよりも、このルールが1回あるだけで、選手は生き残るために自然と顔を上げ、情報を探索し始める。知覚(見ること)と行動(動くこと)が、分断されることなく結びつく瞬間だ。

導入当初、選手たちの顔には戸惑いの色が浮かんでいた。

これまで「言われたことを正確にこなす」ことで評価され、選抜されてきたエリートたちだ。「コーチ、正解は何ですか?」「どう動けばいいですか?」という視線が痛いほど突き刺さる。

しかし、私たちは答えを与えない。彼女たちが自らの目で情報を拾い、悩み、試し、自分なりの「アフォーダンス(環境が提供する行為の可能性)」を発見するのを、じっと待つ。

未来への投資

もちろん、伝統あるクラブのアカデミーとして、目の前の試合に勝利することは重要だ。しかし、私たちが真に見据えているのは、彼女たちが5年後、10年後に立つであろうトップレベルのステージだ。

そこは、予測不可能なカオスが支配する世界である。マニュアル通りの対応では太刀打ちできない局面で、自律的に判断し、創造的な解決策を繰り出せるタレントを育てたい。

このコラム連載では、私たちがこの一年間、U-15の選手たちと共に歩んできた挑戦の記録を共有していく。

それは、単なる理論の解説ではない。思春期の少女たちが、これまでの常識を捨て、悩みながらも新しいサッカースタイル、そして新しい自分自身と向き合っていく、リアルな成長の物語である。

次回は、U-15女子特有の「身体と心の変化」に焦点を当てる。

「急に下手になった」のではない。「新しい身体に適応している途中」なのだという視点が、いかに選手の可能性を広げるか。そのメカニズムについてお話ししたい。

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