暦の上では春だけど、まだ冷たい風が街を吹き抜けている。
世間では、DeepSeekという中国発のAIが、世界中に巨大な衝撃を撒き散らしている。
何が凄いって、これまでのトップモデルと同等の性能を、わずか10分の1のコストで実現してしまったことだ。
このニュースを受けてアメリカのハイテク株が急落したり、「知性の価格破壊」が起きたことで、AI開発のルールそのものが書き換えられた月になった。
日本では、DeepSeekの急速な普及を受けて、政府が業務利用の注意喚起を出すなど、技術の便利さとセキュリティの狭間で、社会が大きく揺れ動いているのを感じる。
AIの世界では、今月、「検索」という言葉が死語になり始めた。
OpenAIが発表した「Deep Research」が凄まじい。
これまでは人間が何度も検索して情報を繋ぎ合わせていたけれど、この機能はAIが勝手にネットを何十分も巡回して、プロ並みの調査リポートを一本書き上げてしまう。
「ググる」という能動的な作業が、「待つ」という受動的な体験に変わった瞬間だった。
さらに、ChatGPTの検索機能がログイン不要で誰でも使えるようになったり、Googleが検索結果をAIが直接生成する「AIモード」のテストを本格化させたりと、
情報を探す手間そのものが、どんどん世の中から消えていっている。
動画生成の分野でも、Soraがさらに長時間の生成に対応し始めたり、TikTokの親会社などから新しいモデルが出たりと、もはや現実と映像の区別をつけることに、誰もが諦めを感じ始めているような雰囲気さえある。
1年前、GPT-4の凄さに震えていた自分が懐かしい。
今はその何倍もの知性が、より安く、より深く、より静かに私たちの生活のOSへと潜り込んでいる。
使いこなすとか鼻息を荒げなくてもなんかもう普通にネット使ってたらAIにかかわらないほうが難しいフェーズに入っている気がする。