一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • 野村HD「2200億円」巨額損失の背景
証券最大手の野村ホールディングスは3月29日、「米国子会社において、米国顧客との取引に起因して多額の損害が生じる可能性が出た」とのIRを発表しました。想定される損害額は3月26日時点で約20億ドル(約2200億円)と公表され、同時に予定していた米国における32億5000万ドル(約3600億円)の社債発行を中止することとしました。社債発行に際して米SECに提出している予想収益が大きく変更されるための措置です。このIRが発表された直後、一体何が起こったのかという不安感が広がり、野村HDの株価は3月29日から30日の2日間で約17%下落することとなりました。ただ、日経平均株価も米国株式も落ち着いた動きとなっており、株式市場全体に与える影響はそれほど大きくなく、とりあえずはホッと一安心といったところです。それでは一体何が起こったのか、そして今後どうなるのかを考えたいと思います。
著名ヘッジファンドのタイガー・マネジメントでトレーダーだったジム・ファンなる韓国系米国人は、独立後の2012年にインサイダー取引や中国株の相場操縦で6000万ドルの罰金を支払い、投資顧問・ヘッジファンド業界から追放されていました。顧客の資金を集めて運用することを禁じられたファンは、自身または親族だけの資金を運用するプライベートファンドのアルケゴス・キャピタル・マネジメントを設立し、大人しく運用を行っていたはずでした。アルケゴスはプライベートファンドなので米SECへの報告義務も非常に緩やかであり、実際ファンはこれまで米SECへの報告は全く行っていませんでした。そのため最近までアルケゴスの存在は殆ど知られることなく、ジム・ファンは巨額利益を密かに積み上げていたことになります。しかし巨額の利益を積み上げるためには、一般のヘッジファンドと同等のブロック・トレードを含めた株式売買、保有株を使ったファイナンス、貸株調達、外部負債を積み上げるなどのサービスを提供するプライム・ブローカーが必須となります。ヘッジファンド業界から追放されているジム・ファンのアルケゴスにこういうサービスを提供することは禁じられていますが、ファンドの規模が大きくなるにつれプライム・ブローカーの手数料も膨大なものになり、いつの間にか野村HDの米子会社、クレディ・スイス、モルガン・スタンレー、ドイツ銀行などが取引を開始していたようです。プライム・ブローカー業務最大手のゴールドマン・サックスは、マレーシアで不祥事が発覚したばかりでもあり2018年後半まではジム・ファンのファンドとの取引を控えていましたが、モルガン・スタンレーと並ぶ最大取引業者となるまでになっていました。プライム・ブローカー業務で最も利益が出る取引は、ファンドに特定銘柄の大口ブロックをオファーし、逆に買い取るブロック・トレードです。例えば特定銘柄の大口ブロックをファンドから買い取った場合(多少時価より安く買い取る)、すぐに市場で全額処分できません。そこで類似の銘柄や値動きの似た銘柄をショートし、時間をかけてカバーして買い取ったブロックを処分して利益を積み上げます。これはあくまでも通常のブロック・トレードですが、29日以降に盛んに報道されているブロック・トレードも仕組みは同じです。ただ、目的が大きく異なっています。変調は3月22~26日の週に現れていました。ジム・ファンが大量に買い入れていたバイアコムCBS、ディスカバリー、百度、GSXテクエデュなどが揃って下落し、週末の26日にはポートフォリオ総額の27%が株価下落で吹き飛んでいました。アルケゴスの自己資本はこの時点でほぼ消滅し、巨額の追証が発生していました。当然ジム・ファンは支払えません。そのため、プライム・ブローカーは自己のリスクを軽減するため、アルケゴスのポジションを売却してリスクを軽減しました。そこで先ほどのブロック・トレードが使われたのです。ただ、ここで各社のトレーディング能力の差が出ました。GSは早々に105億ドルのブロック・トレードでリスクを軽減しましたが、損切りが遅れた野村HDの損失が膨らんでしまいました。結局、この遅れによって野村HDは20億ドルの損失が発生してしまったようです。またアルケゴスは複数のプライム・ブローカーとの間で「トータルリターン・スワップ」という取引を組んでいた可能性があります。これはポートフォリオ損益と短期金利を交換するもので、レバレッジを大幅に引き上げる効果があります。もしもこれが事実だとすれば今後の処理は複雑になり、影響も長く残ることになりそうです。NY市場では29日にも大口ブロック・トレードが繰り返されていましたが、アルケゴスのポジション必要額がすべて処理されたわけではなく、まだ波乱の芽は残っています。
これまでの金融危機の際には、過剰なリスクテイクを行い、リターンの最大化を行っているヘッジファンドの破綻が起こり始めます。今回の件は規模的にも市場全体への影響は軽微なものだと考えられますが、嫌な兆候だと思います。まだ当面、株価は上昇トレンドを描き続けていくと考えていますが、株式投資は博打ではないので、常にリスクを把握しつつ取引していただければと思います。
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東葛 コンサルティング

投資銀行にてM&Aアドバイザリー業務、PE(プライベート・エクイティ)業務に従事していました。 経済、投資等についてのアドバイスを行っています。

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