一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • 安倍晋三は何をしたか〜世界の真ん中で咲き誇る日本〜4

【第一次政権誕生前】

父の死後、政治家になった安倍晋三だったが、その名が日本中に轟いたのは、2002年の小泉訪朝においてであった。

安倍氏が拉致問題を知ったのは1988年、まだ秘書官時代である。

拉致被害者の一人である有本恵子さんが、命懸けでポーランド経由でご両親に手紙を送ってきたのだ。当時は、拉致問題など存在しない、陰謀論の類の話でしかないと考えられていた時代である。

有本さん夫妻は、これを社会党の土井たか子のところに持っていく。しかし、土井事務所側には「お気の毒ですねぇ」と言われただけだった。さらに、この事実を朝鮮総連に報告したと言われる。よく知られているように、土井たか子は在日朝鮮人と言われる。祖国に報告したということか。

朝鮮総連に報告するということは、それはそのまま拉致を主導した金正日の耳にも入ると言うことだ。有本恵子さんはどうなってしまったか、心配である。

途方に暮れた有本さんのご家族は、外務大臣である安倍晋太郎の事務所に向かう。しかし、大臣も秘書の晋三氏も事務所にはいなかった。後からこのことを聞いた安倍晋三氏は、「本当にそんなことが起きているのか・・・。日本人が拉致されているなんて、大変なことだ」と認識を改める。

それが安倍晋三と拉致問題の関わりの始まりとなる。

この記事をシェアする

  • Twitterでシェア
  • Facebookでシェア
  • LINEでシェア