一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

  • ハイテク業界の復活:半導体と円安が日本を変える

 20238月のジャクソンホール会議が無事終わり、市場にはほっと一安心の雰囲気が漂っています。ただし、これまでの激動の一年を振り返れば、2022年にパウエル議長のタカ派的なスピーチが会議で響き渡り、主要国株式市場がまるでローラーコースターのように急落したことを覚えている人も多いことでしょう。しかし、今年の会議では大きな騒ぎはなく、市場に安心材料が揃ったようです。

 悲観的な声が支配的だったのは、インフレと利上げに関する米国の不安でした。多くの人々は、米国の景気後退が避けられないと心配していました。しかし、ジャクソンホールからのメッセージは、現在は利上げの最終フェーズに入り、FRB(連邦準備制度理事会)はリセッションを避けつつインフレを抑制できるというものでした。つまり、米国株式の暴落シナリオはほぼ消えたようです。経済はゆるやかに減速し、インフレも着実に収束しており、利上げについても最終段階に差し掛かっています。

 銀行の連鎖崩壊や資産価格の急落による信用収縮のリスクが現在は抑えられており、リスクの唯一の源は突然の経済減速の可能性です。しかし、それが起きれば、金利引き下げ期待が急速に高まり、株価を押し上げるでしょう。悲観主義者たちは、そろそろ白旗を振る時が来たのかもしれません。

 日本株の秋相場について、意見が二分されています。36月のわずか3ヶ月での株価の上昇を短期のサイクルだと見るか、長期トレンドの幕開けと捉えるかです。しかし、短期のサイクル論には無理があるという声も多いです。

 68月に見られた休息期間は、日柄調整の一環とみなされています。実際、TOPIXが日経平均を追い抜いてバブル後の最高値を更新したことから、市場の強さが感じられる状況です。

 

 現代は大きな変革の兆しを見せています。8月末に公表された今年の経済財政白書は、そのサブタイトルに「動き始めた物価と賃金」という言葉を冠し、20年以上にわたるデフレの苦悩に終止符を打ったと言える内容です。経済白書は歴史に名を刻む重要な分析を提供することがありますが、もっとも有名な例と言えば1956年の白書です。そのサブタイトル「もはや戦後ではない」は、高度成長の時代への突入を宣言し、日経平均株価は当時の500円台から35年後には38,900円まで77倍に急騰しました。

 この戦後の復活は、冷戦時代における日本の対共産圏での役割と、覇権国である米国が大きく支援したことから生まれました。しかし、現在は米中対立の下で同様の変革が進行中です。

 米国内で、左派も右派も、共和党も民主党も関係なく、中国が最も深刻な脅威であるとの国民的合意が形成され、中国への対抗が国家の最優先事項となりました。そして、これが日本の未来に大きな影響を及ぼしました。

 トランプ政権が始めた対中政策は、20214月の菅バイデン首脳会談で初めて具体化し、対中の分離・分断、日米の半導体連携など、現在まで続いています。菅バイデン会談の1か月後、自民党半導体議連が「トリプルA」(甘利、安倍、麻生の3氏)の主導で設立され、10兆円以上の投資を推進することが決定しました。

 202110月には、世界有数の半導体メーカーであるTSMCが、1兆円を超える投資を行い、熊本に工場を建設することを決定し、さらに第二工場の建設も内定しました。また、官民の資本を結集した最先端の半導体製造会社であるラピダスも、北海道千歳で5兆円以上の投資を進めています。熊本では土地価格が上昇し、半導体関連の技術者の給与も高騰しており、ブームが広がっています。このトレンドは国内全体に波及しそうですね。

 日本は半導体材料で世界の56%のシェアを持ち、半導体製造装置でも32%のシェアを占めており、中国からの依存を脱するためには、これらの分野が極めて重要です。特に、今後の技術革新において鍵となるのは後工程(組み立て)で、日本の技術が国際的な水準にあることが確認され、多くの半導体メーカーが日本への注目を高めています。かつて完敗した日本のハイテク産業が、大いに復活を果たし始めています。

 ハイテク業界での対中の分離・分断と、円の急落が手を組んで進行しており、2021年には100円前半だったドル/円レートが、現在では146円を超えるまで急騰しました。長らく異常に高い日本円は、米国による日本への非難の材料となってきました。1990年代から2010年代初頭にかけて、日本円は購買力に対して30%以上高かったのですが、その結果、日本は競争力が著しく低下し、製造業は国内の工場を閉鎖し、雇用を減少させ、海外に拠点を移すなどの措置を取りました。銀行も、日本の多額の貯蓄を海外への融資に回しました。円高により、人々、資金、工場、ビジネスチャンスが日本から離れ、日本経済は停滞しました。日本のハイテク産業は、韓国、台湾、中国に完敗しました。

 しかし、今の円安の結果、日本は一変し、世界で最も低価格の国となりました。2022年のOECDによる円の購買力平価は95円と評価されていますが、実際の為替レートは現在146円を超えており、円は実力よりも40%以上割安です。円安により、世界中からの需要が急速に日本に集中していると言えます。米国の円安政策がこのトレンドの中心にあることは、多くの証拠から明らかです。

 2023年、日本経済は過去数十年で最も明るい「数量景気」の年となりそうです。円安の初期の価格下落が終わり、数量の増加が顕著になるJカーブ効果が発揮されています。円安により、日本の価格競争力が向上し、工場の稼働率が高まります。さらに、高騰した輸入品に代わる国内生産が進行しています。日銀短観や日経新聞などの各種設備投資調査によれば、2022年に続き、2023年も設備投資が過去最高水準に伸びる見通しです。

 円安はまた、外国人観光客の増加を促し、日本各地の地域経済を活性化させています。世界中の需要が、リーズナブルな日本に向かって集まり、国内景気を刺激し始めています。

日本のデフレは、かつては円高による競争力の低下が原因でした。しかし、今では労働市場が緊張し、企業は高い賃金を支払ってでも、競争力のあるチームを構築し、国内生産を強化しなければならない状況です。連合によると、2023年の平均賃上げ率は30年ぶりに高い3.67%となりました。これを支えるものは、企業による価値の創造です。法人企業統計によれば、企業業績は46月に11%増加し、経常利益率は史上最高の8.9%に達しました。

 この基本的な好転に加えて、株式市場の需給も改善しています。日本の家計が長らく現金を好む傾向がありましたが、NISA(少額投資非課税制度)改革を契機に、株式投資に転換する動きが広がっています。金融庁と東京証券取引所の働きかけにより、企業は株主への利益還元を増やし、自社株買いが急増しています。かつて日本株式を軽視していた外国投資家も、その割合を増やすことを余儀なくされています。

 過去30年間、世界株式市場での日本株式の比率は、40%以上からわずか5%まで低下しました。日本株式投資は非常に冷遇され、アンダーウェイトの状態が30年間も続いています。しかし、この振り子が逆転し、日本株式のウェイトを高める必要性が高まっています。多くの投資家はこれに備えていないかもしれません。したがって、今年36月に見られた「パニック的な日本株買い」が、今後周期的に発生する可能性を肝に銘じるべきです。

 日銀のYCC(イールドカーブコントロール)などの非常事態政策の正常化も、市場への悪影響を与えずに実施できる見通しです。まさに、すべての投資主体にとって、日本株式の未持有リスクを自覚する秋が始まったと言えるでしょう。

 この新たな展望の中で、投資家たちはさまざまな機会を模索しています。新興市場への投資、環境に優しい企業への資金配分、テクノロジー分野への投資など、多岐にわたる選択肢が広がっています。特に、クリーンエネルギーや電動車の分野では、成長が期待されており、投資家たちは将来のトレンドを見据えてポートフォリオを構築しています。

 また、仮想通貨市場も注目の的です。ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨は、従来の金融市場に革命をもたらす可能性を秘めています。中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入も進行中であり、これにより新たな金融のフロンティアが開かれつつあります。ただし、仮想通貨市場は高いボラティリティを伴うため、慎重なアプローチが求められます。

 一方で、不動産投資も依然として魅力的な選択肢として存在しています。住宅不足が続く都市部では、不動産の価値が堅調に推移しており、安定した収益を見込むことができます。ただし、不動産投資にはリスクも伴いますので、地道なリサーチと検討が欠かせません。

 最後に、個別株の選定においては、企業の基本的な業績や成長性を検討することが大切です。特に、企業の持続可能性やESG(環境、社会、ガバナンス)要因に焦点を当てる投資家が増えています。社会的な責任を果たす企業への投資は、将来の長期的な価値を高める可能性があるため、注目されています。

 2023年は新たな投資の機会が広がり、多様性が豊かなポートフォリオの構築が求められる年と言えるでしょう。リスクを適切に管理しながら、将来の安定した収益を追求するために、様々な選択肢を検討し、投資戦略を練ることが肝要です。

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東葛 コンサルティング

投資銀行にてM&Aアドバイザリー業務、PE(プライベート・エクイティ)業務に従事していました。 経済、投資等についてのアドバイスを行っています。

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