一般社団法人 全国個人事業主支援協会

COLUMN コラム

こんにちは。

日々スポーツの現場でアスレチックトレーナーとして活動しながら、社会の動きや構造について学びを深めることも大切にしています。

今回ご紹介するのは、伊藤将人さんの『移動と階級』という一冊。

「移動?なんだか自分には関係なさそうだな」と思う方も多いかもしれません。しかし、この本を読み終えた後、きっとあなたはこう感じるはずです。

「移動こそが、“今の自分の人生の可能性”を決めているかもしれない」と。

■ 「移動」はすでに“特権”になっている

日々の通勤、実家との往復、旅行、出張、引っ越し、留学、転職──

あらゆる「移動」は、当たり前にできることのように見えて、実は「できる人」と「できない人」がいるという事実を、私たちはあまり意識しません。

本書では、それを**「移動格差」**と呼び、これが現代社会における見えにくい“新たな階級”を生み出しているといいます。

調査データによれば、過去1年に都道府県を越える旅行経験がない人は、年収300万円未満の層で45.6%。

**海外渡航経験がない人は、その層で46.3%**──ほぼ半数です。

これは、「旅行できる・引っ越せる・進学できる・挑戦できる」という、“選択肢を持てる人”と、“選択肢を持てない人”の分断が、経済力によって既に始まっていることを意味します 。

■ 「移動できること=努力の成果」ではない

スポーツ界でも、「地方から都市部へ」「高校からユースへ」「海外クラブへ」といった移動が選手のキャリアを左右します。

トレーナーやコーチも同様で、研修・留学・転職といった“移動”は、成長のために不可欠とされています。

でも──その「移動できる環境」は、本当に本人の努力だけで得たものなのでしょうか?

・交通費を出してくれる家庭があるか?

・サポートしてくれる大人がいたか?

・語学教育やオンライン環境が整っていたか?

・治安や健康状態に不安がなかったか?

こうした**“背景資本”**の差が、移動の「可能性そのもの」を決めてしまっているのが現実です。

本書ではこれを「**可動性(Motility)**=移動資本」と呼び、アクセス・スキル・欲求・経験などの複合的な資源として定義しています 。

■ 「移動すれば成功できる」という思い込み

SNSなどでは、「地方を出て都市へ行け」「環境を変えろ」「世界に飛び出せ」といった言葉がポジティブに語られます。

確かに、移動には偶然の出会いやチャンスがあります。でも、本当に“誰でも”同じように移動できるでしょうか?

本書はここに鋭く切り込みます。

移動の自由が“公平に”あるという前提こそが、実は新しい格差を生んでいるのではないか?

「移動できなかった人」は、努力不足でも甘えでもありません。

もともと移動資本を持たなかっただけ。

それを「自分は行動したから成功した」と語る人たちの影には、数多くの“移動できなかった人たち”の不在があります。

■ ジェンダーと移動:見えにくい力関係

特に印象的だったのが、「女性の移動決定権が男性よりもはるかに低い」というデータです 。

夫の転勤に合わせて引っ越す妻、子育て・介護の責任を負う女性、実家を出たくても反対される若年女性──

こうした現実は、“自由に移動できるように見える社会”の中で、女性たちがどれだけ選択肢を狭められているかを物語っています。

移動は、ただの物理的な距離の話ではありません。

**「どこに行けるか」「行ってもいいと言われるか」「行ってどうなるか」**という、複雑な力関係の中にある問題なのです。

■ 現場の私たちにできること

この本を読んで、私自身「自分は移動できる側だった」ことに改めて気づかされました。

そしてその背景には、見えない社会的な支援や条件がたくさんあったのだと。

今、目の前にいる若い選手やスタッフ、あるいは会員の皆様の中には、「移動したくてもできない」「行きたくても踏み出せない」人もきっといるはずです。

だからこそ、「移動資本を提供できる人間」になることも、現場での支援の1つの形ではないかと感じました。

・情報を伝える

・選択肢を示す

・安全な経験の場を作る

・一緒に動く

そんな小さな支援が、未来の「移動の可能性」を少しだけ広げてくれるかもしれません。

■ まとめ:移動とは、「可能性の拡張」でもあり「制限の象徴」でもある

移動できることは素晴らしい。

でも、できないことを「自己責任」にしてはいけない。

この本は、自由の象徴として語られてきた「移動」という言葉に、構造的な格差や無自覚な偏見がどれほど入り込んでいるかを教えてくれました。

私たちは、自分がどこにいるかよりも、「どこへ行けるか」という可能性の地図の上で生きています。

そして、その地図を塗り替えていく力は、必ずしも自分の中だけにあるとは限らないのです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

「移動」というテーマが、読者の皆さんの日々の仕事や人との関わりを少し違った視点で見るヒントになれば幸いです。

(参考書籍:『移動と階級』伊藤将人 著/集英社)

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